“Easy Peasy”「チョロい」

“Easy Peasy”「チョロい」

Barack Obama “Advice to Kanye West”

以前からその奇行や突飛な発言から精神状態を心配する声が周囲から上がっていたラッパーのKanye Westが、去年大統領選に立候補するという一幕がありました。これに付随してBarack Obama前大統領が彼へのアドバイスと称してこの出来事を皮肉った演説からイディオムを紹介します。

<Speech>

“Couldn’t get any stranger, but in case Kanye’s serious about this whole POTUS thing – or as he calls it, “Peezy’“– I do have advice for him. There’s some stuff I picked up along the way.”

「これ以上奇妙な事にはなり得ない。だがカニエがもしこの大統領(POTUS : President of the United States)の件、あるいは彼が”チョロい”と言う件について真剣なのであれば彼のためにいくつかアドバイスがある。私がこれまでの道すがら覚えた事だ。」

Easy Peasy: 「チョロい」「すごく簡単な」

“Peasy”という単語自体に意味はありません。通常は”Easy Peasy”のように”Easy”と組み合わせて使う言葉で、”Easy”の誇張表現として「すごく簡単な」といった意味あいです。その他にも同義で”Piece of cake”や口語的な”Breeze”といった表現があります。

例文1. Easy Peasy

A : “How did you do on your exam today?”

B : “It was easy peasy. I would have gotten 100% even with my eyes closed.”

A : 「今日の試験はどうだった?」

B : 「チョロかったよ。目閉じてても100点取れたね。」

例文2.Peace of Cake/Pie

A : “Hey, I found the same bug as we had taken care of for the last version in the latest one.
Do you think you can fix it by next week’s release date?”

B : “Sure. Same as last time, right? It’s a piece of cake.”

A : 「ねぇ、前回対応したのと同じバグを最新版で見つけたんだけど。来週のリリース日までに直せる?」

B : 「もちろん、前回と同じやつだよね?楽勝だよ。」

例文3. Breeze

A : “Are you sure you’re going to ask Sara out for a date?
There’s no chance, there’s no way she’ll accept it…”

B : “Of course she will. Who do you think I am?
It’s a breeze man.”

A : 「サラをデートに誘うって本気? 見込みないっしょ。
彼女がオッケーするはずないよ。」

B : 「するに決まってるだろ。俺を誰だと思ってんだ? 余裕だよ。」

COLUMN – IT時代のキャリアパス・ボーダーレス化

幾多のラッパーやブラック系のアーティスト達がa.k.a.(Also Known As)として沢山の別名を持つのと同様にKanye Westは一つの呼称として以前から自らを”Yeezy”と名乗っています。彼は元々は楽曲プロデュースを手掛けるラッパーとして名を馳せましたが、美術大学で学んだ経験に加えてその知名度とセンスを生かしてその後ファッションの業界にも進出しています。今やルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクターも務めるOff-WhiteのVirgil Ablohも、Kanye Westのツアーグッズやアパレルで服飾デザインのキャリアをスタートさせたとのこと。そして(同名のアパレルラインから波及し)Adidasとのコラボレーションのもと、Kanyeがプロデュースして立ち上げた彼の代名詞的なスニーカーブランドの名前もまた”Yeezy”です。(最近はBalenciagaが展開するDad Sneaker(80年代のオタクを思わせるChunky(ごつごつした)なデザインが特徴的)と人気を二分する奇抜且つスタイリッシュなスニーカーとしてストリートで注目を集めています。)

不動産業界の実業家であったトランプが大統領に就任した事で公職経験が全くない別業界の人間が大統領に立候補して当選できるという前例が作られたわけですが、カニエはそれ以前の彼の就任前年にトランプの支持を公言し一対一で会談を行なっていたりもしていて、その年のMTV Music Awardでも宣言した通りその頃から既に2020年の大統領選への自身の出馬の計画を立てていました。

ただいくらそれが自由の国アメリカであっても、いくら有能な起業家や役人がボーダーレスに職種を跨いで華麗な転身を遂げる今の時代であっても、ショービズ界とファッション業界でしか仕事経験のない一ラッパーが大統領職に就くのはおそらく容易な事ではありません。(過去に映画俳優からアメリカ大統領になったロナルド・レーガンがいましたが、数年に渡って州知事を経験している上に出馬した大統領選でも2度も落選しています。) 今回紹介したオバマ前大統領の演説は、皮肉をこめる意味で彼の別名及びアパレルのブランド名に引っ掛け到底勤まるはずもない大統領職をさも「チョロい」と言わんばかりに軽んじたカニエのアクションを揶揄したものと思われます。

オバマ前大統領はというと政治家でありながら、黒人ということもあってかヒップホップやバスケットボールが大好き(自身も学生時代はバスケットボール部に所属)で、その界隈のアーティストやスポーツ選手とも交流が多い事が知られる人物です。彼のInstagramでは毎年自分がセレクトしたその年のお薦めの映画、音楽、本をリストにしたポストを投稿して反響を得る等、大統領の職を退いた今も尚、彼特有の若い感覚とユーモアがありながらも歯に衣着せぬ物言いで黒人層を中心としたアメリカの多くの若者たちに人気があり、影響力のある存在です。

“Yes, we can.”のスローガンとともに現れたアメリカ初のアフリカ系アメリカ人大統領。若々しく聡明なルックス、洗練されたセンス、スマートな立ち振る舞いと対応。当選した日には街の黒人達は歓喜の涙を流し、アメリカは希望と変化の予感に包まれていました。その期待に応えるように、国内ではアメリカの格差社会の象徴とも言える社会保障問題にメスを入れる医療保険制度改革(通称オバマケア)に取り組み、アメリカで初めて国民皆保険の義務化を実現させました。国外では長く断絶してきたキューバとの国交を正常化する等、世界諸国との和平を推進しノーベル平和賞を受賞した事でも有名です。日本人の中には任期が終わる直前に広島を訪問し、原爆慰霊祭にアメリカ大統領として初めて出席した事で親近感を持った人も多いかもしれません。

一方でアメリカ国内をまとめ上げる大局的な視野に欠け、(実質には踏み込まない和平推進も含め)ウケの良さを狙ったパフォーマンス的な政策と、人種や格差の壁を越えた新時代のアメリカのアイコンとしてのイメージだけに終始した大統領であったといった評価もありますが、その型破りな発言や言葉遣いからも分かるように、彼が新しい時代の新しい感覚を備えた大統領であった事は確かです。その彼からしても人気ラッパーのあまりに突飛なキャリア・チェンジのプランには皮肉しか浮かばなかったようで、今回シェアした動画には彼のこの件の率直な受け止め方がよく表れています。

(これはトランプを指して言っているものと思われますが)リアリティーショーに出演しているような言動をするおかしなキャラクター達と渡り合わなければならないこと、自分の属する政治団体の方針を無視して好き勝手言う事はNGでそれだけの良識と自制心を持っている人物でないと務まらないこと、そして何より大統領に当選するのがそんなに簡単ではないということをまず肝に銘じるべき。彼はジョークを交えながらも辛辣に指摘します。

オバマの見解の妥当性を裏付けるように、この後カニエは自らが立ち上げた政党、バースデー・パーティ(英語では政党のことを”Political Party”と呼ぶ(Party =「団体・集まり」、”Republican Party” : 共和党、”Democratic Party” : 民主党 など) ことからシャレで命名した政党名)から出馬、キャンペーンに費やした13億円超えとも言われる費用の大半を自腹で賄った末に結果は僅か得票数6万票に留まり、敗北宣言をすることになります。

Kanye Westは10年ほど前から音楽やファッションではなく、専らその奇行と突飛な発言によって注目を集めるお騒がせセレブとしてタブロイド紙やネット等のメディアで取り上げられる事が多くなりました。2009年のMTVビデオミュージックアワードの表彰式ではBest Female Video(最優秀女性アーティストMV賞)を獲得したテイラー・スウィフトのスピーチ中にステージ上に乱入、マイクを奪い取って同賞の候補に挙がっていたBeyonceのMVを称賛する内容の演説を行う形で受賞選考に対する不満を表すというハプニングがあり、業界内外から大顰蹙を買いました。(98年のグラミー賞ではHip-Hop部門での受賞を逃したWu-Tang Clanが壇上に乱入し、同じくスピーチ中の別部門の受賞者を遮ってこれに抗議するという一幕がありましたが、この手の事はアメリカのHipHopアーティストに限ってはけっこうよくあることです。※ギャング稼業から足を洗い切れていないセレブも沢山含まれていることから下手に制止や妨害をすると自身や周囲の身に危険が及ぶ為、主催者側も出席者も気が済むまで喋らせて終わるまでおとなしく待つのが慣例。)ちなみにオバマ前大統領は以前何かの番組でカニエのこの件について意見を求められ、彼の事を “Jackass” 「アホ / ろくでなし」とこき下ろしています。