“Throw off”「関係を断ち切る」
James Brown “King Heroin”
James Brownの”King Heroin”からイディオムを紹介します。
<Lyrics>
“Now you must lie in that county jail.
Where I can’t get to you by visit or mail.
So squirm with discomfort, wiggle and cough.
Six days of madness, and you might throw me off.”
さて、お前は郡の刑務所で横たわらなければならない。
それは俺が会いにもいけない、手紙も差し入れてやれない場所だ。
不快感でもぞもぞ動き回って、咳き込んで身悶えるがいい。
気が狂うような6日間を経て、運がよければお前は俺との関係を断ち切れるかもしれない。
“Throw 〜 off”:「〜との関係を断ち切る。(病気・不調等を)治す。(追っ手などを)〜を振り払う。」
以下のような表現も同様の意味合いでよく使われます。
「(病気や怪我から)回復する」…”Recover (from illness or injury)”
「関係を断ち切る / 手を切る」…”Cut one’s connection with 〜”
“Throw off”は読んで字のごとく「(何かを)脱ぎ捨てる」という意味でも使えます。また「混乱させる。」「核心と関係ない事で煙に巻く。」のような意味もあります。
「追っ手を振り払う」「煙に巻く」「(故意に)間違った方向に誘導する」等の意味あいで使う時は”Throw ~ off the track (trail)”のような形で使われます。
例文1. Throw off
A : “Hey, you see the black Chevy behind us? I think we’re being tailed.”
B : “Oh, Come on… Stop being paranoid. so you want me to throw the dude off the track, huh?”
A : 「ねえ、後ろの黒のシボレー見えてる?尾けられてると思うんだけど。」
B : 「おい、頼むよぉ、、考えすぎだろ。じゃあなんだ、俺にやつを撒いてほしいとでもいうわけ?」
COLUMN – アディクトの末路
セッションフレーズをバックにジェームス・ブラウンのナレーションのみによって構成されたこの曲は彼の夢に出て来たというヘロイン(アメリカで流通する中で最も危険な薬物の一つ。治療の余地のない末期患者の苦痛を軽減する目的で用いられる医療用ドラッグ「モルヒネ」と同じ成分でできている)が擬人化され、ブラウンの声を借りて一人称で語るというアプローチで作られています。
それが誰であろうと、どんな人間であろうと自分は相手を一瞬で虜にする事ができる。彼らを仕事や家族、尊厳さえも顧みない廃人に仕立て上げ犯罪に走らせる事ができる。ブラウンの声を借りたキング・ヘロインは自分にはその力があると誇示するように妖しくしなやかに韻を踏み、バースを展開していきます。
アメリカに於けるドラッグの蔓延は日本とは比較にならないレベルの深刻な社会問題です。過去も現在も時代を問いません。貧困層・富裕層、学生・社会人等所得や立場を問わず、年齢も業界も問いません。現地での生活で感じた事ですが、犯罪、娯楽、一般の会話やジョークに至るまで、あらゆるシーンに社会に染み付いたドラッグカルチャーの匂いとでもいうべき影響が濃く深く浸透しているのです。
例えばアメリカの若者は「カッコいい」「すごい」「いい」等という意味でよく”That’s dope!” といった表現を使うのですが、”dope”は元々「(種類問わず広義で)麻薬」の意です。日本の学校で学生が「それマリファナ級にイケてんね!」等と話していたら同級生の女の子にぎょっとされるかもしれませんが、ドラッグというものが昔からかなり一般的なものとして社会に定着しているせいか、普通に会話の中で溢れている言葉ですし、抵抗なく若者たちが皆使っているスラングです。
LAのシンボルとして有名なハリウッドサイン(サンタモニカのMount Lee山頂南側の傾斜に位置する。元はハリウッドの高台の高級不動産の広告として設置された。)は、過去度々企業の宣伝や個人のイタズラなどで綴りに手が加えられる事があったそうですが、1976年と2017年の2度に渡って無許可でHOLLYWOODの綴りが「聖なる大麻」を意図したと思われるHOLLYWEED(正しい綴りは”HOLLY”ではなく”HOLY”。文字通りの綴りの”HOLLY”は植物のモチノキ・ヒイラギを意味する単語に過ぎない。)に変えられました。76年の件については、ノースリッジ大学の生徒が大学で履修する美術のクラスでの縮尺をテーマにした課題としてカーテンを使って行ったもので、違法行為であるにも関わらず純粋な課題の出来を評価されてか、そのユーモアを買われてか、結果としてそのクラスでA評価(アメリカの学校では各クラスの成績をA(秀)-B(優)-C(良)-D(可)または落第を表すF(Failの略)で評価され、A-Dについてはそれぞれの評価の中でも優劣を表す±で分類されることがある。)を与えられたそうです。
(比較的治安のいいエリアの学校であったにも関わらず) 僕が通っていた現地の高校でもキャンパスでドラッグの取引の現場と思わしき場面に鉢合わせた事は度々ありましたし、友達の韓国系のギャングがディーラーをしているという話を聞いたこともあります。英文学の授業を担当するメル・ギブソン似のMr.Hallが、授業の中の何かの軽い話しの流れで「自分の親には大麻経験がある」と思う人に挙手を求めたところ、親の仕事等で来ていた在米の外国人以外は悉く全員が当たり前のように手を挙げていました。
日本で薬物といえば覚醒剤や大麻が一般的ですが、ドラッグ先進国のアメリカではありとあらゆるタイプのものが一般の人にも認知され、容易に入手できるものとして流通しています。参考までに主に知られているものとスラング表現を含めたその呼称について以下に列挙してみました。
※アメリカや欧州の国の一部には大麻の所持・使用が合法となっている州や地域もありますが、当然の事ですが日本では何れも違法です。厳密には(2021年1月時点)大麻のみ使用を違法とする法律はなく、所持・栽培の分類によって規制されているそうです。
ドラッグ | 呼称 | スラング(俗語) |
大麻・マリファナ | Marijuana | Grass / Weed / Pot / Ganja / Joint (たばこ紙に巻いたものを指して言う) / Cannabis (主に植物用語で大麻草やその成分に特化した用語) |
コカイン | Cocaine | Crack / Rock / Coke / Snow / Blow |
ヘロイン | Heroine | Smack |
LSD | LSD | Acid |
覚醒剤 | Meth (Methamphetamine) | Speed / Ice / Crystal |
様々ある麻薬の中でもこの曲のテーマとして扱われているヘロインは最も危険なドラッグの一つです。過去にヘロインのOD(過剰摂取を意味する”Overdose”の略)で命を落とした俳優やミュージシャンは数知れません。
その危険性と中毒性を喚起する内容の”King Heroin”ですが、活発な音楽の創作とパフォーマンスで”The Hard Working”を冠した異名を取るほど音楽一筋のイメージがあるジェームス・ブラウン自身、数多いアメリカのショービジネス界のスーパースター同様、「ファンクの帝王」としての輝かしい経歴の裏で薬物と暴力にまみれた生涯を送ったといった記録が散見されます。薬物濫用の当事者であったブラウンが自身の経験をもとにクールで陰鬱なフレーズに乗せて、聴き手を(誰しもがその予備軍である)Addict(薬物常習者)に見立て、ドラッグの目線から嘲笑うように語りかけてくるこの曲は「薬物、ダメ、ゼッタイ。」のキャッチコピーにない説得力に満ちています。
個人的にはEarth, Wind & Fireのモーリス・ホワイトが亡くなる前にも同じ苦い経験をした覚えがあるのですが、彼が生前最後に来日した時のライブ観覧をパスした事を未だに後悔する事がよくあります。
それまで自分が聴いてきた音楽には馴染みの薄い、裏拍を強烈に意識したリズムに惹きつけられてブラックミュージックを聴き始めた僕にとってジェームス・ブラウンのファンクはその入り口であったと言っても過言ではありません。今でも数多くのDJやヒップホップアーティストが定番のサンプリングネタとして彼の曲を自分のトラックで用いたり、リミックス作品をリリースしたりと、その音楽は彼の死後15年が経った今も決して廃れる事はありません。
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